無理なお願いが通る!?...元FBI交渉人が明かす「簡単な交渉テクニック」#23

2020年02月05日 21時00分

ライフスタイル anan

仕事をしていても、家庭でも、地域でも、「嫌だな」と思う人や困難な物事はありますよね。そんなとき、元FBI交渉人はうまくことを運ぶためには、共感力が必須だと言います。でも「そんなのムリ!」というほど賛同できない相手にはどうしたら? そこでは感情移入をしない共感、視点選択(パースペクティブ・テイキング)が鍵を握ります。この手法を最先端テクノロジーを用いながら展開し、最終的には観客の心を揺さぶって感情移入させた映像作家の作品などを紹介しながら、共感力を育むコツについてお話します。

取材、文・土居彩 看板写真・Yumiko Sushitani


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元FBI交渉人のスマート旅行術の鍵は、共感力。


FBIの交渉人として24年に渡って、国際的な人質事件を解決してきたクリス・ヴォス氏。人心掌握のプロとしてトップ企業の交渉トレーニングや、ハーバード・ロースクールでも教鞭をとっています。


そんな彼がNew York Times誌に、おトクに旅行するための交渉術を語っていました。例えばホテルの部屋のアップグレードやレイトチェックアウトを頼むなんてことも、ヴォス氏にかかればお茶の子さいさい。彼いわく、そこではフロント担当者への共感力を持つことが絶対であり、交渉成功のコツだとか。



具体的には「レイトチェックアウトさせてもらえますか?」と相手の「はい」を期待するような頼み方をするのではなく、「追加料金なしでレイト・チェックアウトさせてほしいとお願いするなんて、馬鹿げたお願いでしょうか?」と微笑みながら、相手に安心感と断りやすいスペースを与えて交渉に臨むのだそうです(1)。


このように共感することは相手のためのみならず、ことをうまく運ぶ力になります。私たちはこの共感力を新生児のころからすでに備えており、新生児たちは他の赤ちゃんの泣き声が聞こえると、自動的にその苦痛を自分ごとのように感じて伝染するように泣き出します(2)。



感情移入しなくても共感の目は持てる。


ところが「ムリ! 感情移入なんてできない!」という相手もいますよね。例えば職場でも取引先でも、または世界中を見渡しても、どうやっても共感できない、考え方に賛同できない、信頼できない、好きになれない人というのは存在するものです。そんな敵とも見えるような人たちを力に変えるためにはどうしたらいいのでしょう?


そこで心理学者が提唱するのは、視点所得(パースクティブ・テイキング)です。あの人の立場だったら、どんな思いや考えがするんだろう? そう考えて他者の視点に立ってみることを、視点所得(パースぺクティブ・テイキング)といいます。


共感には大きく2種類あります。ひとつは相手が感じていることを自分ごとのように感じる情緒的共感。それに対して視点所得は認知的共感とも言われ、必ずしも相手に感情移入する必要はなく、相手の立場に立って向こうがどうしたいのかを状況把握することです。それは頭で理解することであり、第三者の目線で自分を眺めるような観察者の視点を持つこととも言えます。


リーダーシップ論の権威で家庭問題のエキスパートでもあるスティーブン・R・コヴィー氏。彼の成功の原則原理をまとめた『7つの習慣 人格主義の回復』はAmazonでも大ロングセラーです(3)。そのなかでコヴィー氏が、



何を見るかよりも、どのようなレンズを通して見ているかが問題であり、そのレンズこそが一人ひとりの世界観をつくっているのである。


と語るように、自分のものの見方を超えることで、新しいレベルの理解の扉が開き、それに対応して目の前の現実も変わります。文筆家の松浦弥太郎さんも、自分に対して批判的な人の意見を正しい評価をしてくれると、大切にされるそうです。自分の見たくないようなところにこそ、その本質に触れるための宝物が眠ると語るのです(4)。


視点所得のメリットをまとめると大きく以下の3点が挙げられます。


視点所得の3つのメリット。


1. 情報が増す

自分の視点は現実のひとつのバージョンです。他の視点を持つことで、自分と他者を新しい次元で捉えることができます。

2. 共感を築く

他者の視点を持つことで、共感と思いやりを育むための一歩を踏み出せます。必ずしも相手に賛同する必要はありませんが、異なる環境、立場によって形成されたお互いの考えを尊重することは出来ます。

3. 学びと成長

私たちはお互いの教師です。気づきを拡大するため、お互いから学ぶことを選択できます。


最新メディアで共感と理解の輪を広げる。


ところで最新テクノロジーの力を使って、この2種類の共感、視点所得(認知的共感)と感情移入(感情的共感)を結びつけた人がいます。映像作家のクリス・ミルクです。


彼はカニエ・ウェストの「タッチ・ザ・スカイ」などのミュージック・ビデオの映像作家として活動していました。テレビや映画の画面というフレームを外から眺めるのではなく、観客を丸ごとストーリーの中に当てはめるような手法はないか。ミルクはそう考えて、VR(仮想現実)ドキュメンタリー映画『シドラの上にかかる雲』を国連とともに撮影しました。


それはヨルダンのシリア難民キャンプで暮らす12歳の少女シドラの物語。観客がヘッドセットをつけると、シドラの世界が360°広がります。例えば足もとはもはやポップコーンが落ちた映画館の床ではなく、シドラの部屋の地面に。このようにして物理的に彼女の視点に立つことで、より深く彼女の人間性、置かれている現状を感じ、強く感情移入ができるのだとか。



自身が「究極の共感マシーン」であるVR(仮想現実)という新しいメディアを用いて映画を製作。彼はそれを国連で上映し、映画に登場する人々の人生を変えられる人たちに観せるという意図を持っています。国連の内部データによれば、VR(仮想現実)ドキュメンタリーを体験した人は、そうでない人の二倍の率で寄付したこともわかっています(5)。



「感情移入しなくちゃいけない」「賛同しなければならない」と思うと悩んでしまうけど、そうではなく「そういう考え方もあるんだなぁ」とまずは一歩引いて全体像を眺めてみる。すると恐れや混乱が少し減って、対立とつながりの両方を受容するような新しい協働の道が見えてくるのかもしれませんね。



土居彩


編集者。東京の薪割り暮らしを綴るブログ『東京マキワリ日記、ときどき山伏つき。』。株式会社マガジンハウスに14年間勤め、anan編集部、Hanako編集部にて編集者として、広告部ではファッション誌Ginzaのマーケティング&広告営業を務める。’15年8月〜’17年5月、カリフォルニア大学バークレー校心理学部にてダチャー・ケトナー博士の研究室で学ぶ。’18年9月〜’19年1月、7月、ニュー・メキシコ州サンタフェにあるウパヤ禅センターに暮らしながら、ジョアン・ハリファックス師に師事。現在は、書道家・平和活動家、禅研究家の棚橋一晃氏の著書『Painting Peace(平和を描く)』(シャンバラ社)、芸術家で社会活動家の小田まゆみ氏の『Sarasvati’s Gift』(シャンバラ社)を翻訳中。


参考

1.https://www.nytimes.com/2020/02/01/travel/a-former-fbi-negotiator-and-his-tips-for-travel.html

2. Giliovich, T. Keltner, D. Chen, S. & Nisbett, R.E(2015).Social Psychology. (W.W.Norton & Co. Inc)

3.スティーブン・R・コヴィー著/フランクリン・コヴィー・ジャパン株式会社訳『完訳7つの習慣 人格主義の回復』(キングベアー出版)

4.松浦弥太郎著『考え方のコツ』(朝日新聞出版)

5.ジェレミー・ベイレンソン著/倉田幸信訳『VRは脳をどう変えるか? 仮想現実の心理学』(文藝春秋)


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