「直接会おう」婚活女に届いた想定外のメール|12星座連載小説#109~蟹座10話~
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。
文・脇田尚揮【12星座 女たちの人生】第109話 ~蟹座-10~
『ただいま~……』
竹井さんから返信がない。母も娘の由愛も、ちょうど買い物に出かけているようだ。
ふぅ……。椅子に荷物を下ろす。
今日、来店された山岡さんカップル……、もっと親身になってあげられたら良かった。
田代さんに言われた通りで、“いつもの私”なら、絶対にしない失敗。これまで、それぞれのカップルに合った最適プランを提案してきた。上と交渉して、多少無理してでも……。
そんな姿勢が私の信頼にも繋がっていたし、プライドもあったしね。
恋と仕事の両立って、難しいなぁ……。
自室のデスクに向かい、ペンをとる。あれこれ考えながら、山岡さんカップルへのお詫びメッセージをメモ帳に書き出していく。
渋る彼を納得させることができる、“簡易プラン”も選択肢の中にあったのだ。それを提案せずに帰してしまうなんて、プランナーとして失格だわ。
つい、同じ女性である山岡さんに肩入れしすぎてしまった。私自身が恋に浮かれて、素敵な結婚“式”を意識しすぎていたからだ。
お互いの、“気持ち”を大切にしなければ、決まるものも決まらない。それをまとめることができてこそ、プロってものよね……。
私なりに精一杯のお詫びの文章を作成し、何度も読み直し、修正を加え、そしてそれを山岡さんにお送りした。
また来てくれたらいいけど、多分もう二度目はないだろうなぁ。
机に突っ伏して、反省する―――
そして婚活サイトのマイページにログインし、ぼんやりとメールをチェックする。
石田さんからは「お疲れ様メール」が届いていた。でも、竹井さんからは、私が自撮り写真を送って以来、開封済みなのに返信はない。
多分、好みのタイプではなかった、ということなのだろう。
写真を送るまでは、あんなに楽しくやり取りしてくれたのに、途端に無視か……。
何だか妙にリアルで傷つく。
それ以外の人からのメールは他愛もない、どうしようもない内容のものばかりだった。
ちょっと疲れた。少し横になろう。ベッドに横たわりながら、いつも自分がお客様に言っているフレーズを思い出す。
「一生に一度の結婚」
……か。本当にそうなら良いのにね。
―――無意識に目から涙がこぼれ落ちる。
ウトウトしていると、玄関から、カチャと鍵が開く音が聞こえてきた。
二人とも帰ってきたみたいね。
急いで涙を拭く。こんな顔、母親と娘には見せたくない……。案の定、買い物に行ってくれていたみたいで、買い物袋を両手に下げた母と、それよりもだいぶ小さな紙袋を抱えた由愛が家に入ってきた。
『おかえり~~!』
わざとらしいくらいに明るい声を出す。二人とも私が元気ないと、心配して色々聞いてくるから。
―――そして普段通り、家族団欒の時間が流れた。
22時を過ぎ、入浴後、化粧水と保湿クリームを塗り終え、スマホを手に取る。
依存してはいけないから、時間を決めてメールチェックすることにしたのだ。
メールフォルダを開くと、石田さんから2通。一通目は、「大丈夫ですか?」という件名。そして二通目は、「もし良ければ……」という件名。
私から返信がないから、心配してくれているのかな? 順に開封する。
一件目は、案の定、「お疲れ様メール」への返信がない件が書かれていた。そうよね、開封しているのに返信がないと、嫌われたのかと思っちゃうもの。竹井さんのときみたいに。
そして、二件目のメールには……意外な内容が書かれてあった。
「恥ずかしながら、亜矢さんとこうしてサイトで知り合い、交流するようになって、何だか毎日にハリが出てきているように感じます。
亜矢さんとやり取りすることができるので、仕事や人間関係が大変でも、毎日が楽しいのです。
まだ、お会いして間もないことは重々承知の上で申し上げますが……
もしよろしければ、直接会って頂けませんでしょうか? お返事、お待ちしています。 石田」
うそ……これって、私のこと、気に入ってくれたってことよね!
婚活サイトで知り合って、実際に“出会える”ことなんて、あるんだ。
今日の山岡さんカップルへの失敗や、竹井さんから連絡が途絶えたことで、自信をなくしていたからか、石田さんの言葉は本当に嬉しかった。
だけど実際に会うに際して、懸念点もあった。
……出会って間もなく、顔写真さえ送っていないこと
……バツ1子持ちであること
もう、竹井さんの時のように、傷つきたくない。初めから、全部本当のことを言おう。
―――そう決心し、メールを返す。
「石田さん、亜矢です。
夕方メールを下さっていたのに、返信できておらずゴメンなさい。ちょっと家のことが忙しくって……。
お誘い、本当に嬉しいです。
でも、まだ知り合いになって間もなく、私、顔もまだお見せしていませんし……。それに、実はバツ1で娘が一人いるんです。
もしそれでも良いのであれば、是非よろしくお願いいたします。 亜矢」
これで嫌われてしまっても、後悔はない。自分を取り繕って、嘘をついてまで会うなんて私にはできないわ。
ありのままの自分を愛してくれる人じゃないと、どのみち上手くいかないもの。
開き直って、メールの返信を待つ。
5分後、送ったメールが開封された―――
【今回の主役】
戸部淳子 射手座28歳 ジュエリー卸業
ヨーロッパ圏でのホームステイなど、学生の頃から海外経験が豊富で、英語がそこそこ堪能。国外から宝石を買い付けて、ブティックやウェデイング業界に卸している。若さの割に目利きであると評されるところも。イタリア人の彼氏・クリスがいるが、性に奔放で何かとトラブルが起こりやすい。
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