【誘惑は失敗!?】部屋で男と2人きり…|12星座連載小説#96~天秤座9話~
12人の女性たちの生き方を、12星座になぞらえて紹介していくショートクロスストーリー『12星座 女たちの人生』。 キャリア、恋愛、不倫、育児……。男性とはまた異なる、色とりどりの生活の中で彼女たちは自己実現を果たしていく。 この物語を読み進めていく中で、自身の星座に与えられた“宿命”のようなものを感じられるのではないでしょうか。
文・脇田尚揮【12星座 女たちの人生】第96話 ~天秤座-9~
え……、薫さんが私の家に!?
時刻は21時を回っている。こんな遅くに男性を家に呼ぶのは、さすがに……とも思うけど、明日になってもサイトが落ちたままだと、職場の皆に迷惑を掛けてしまう……。
今日だけは、薫さんを頼るしかないわ。
LINEで薫さんに住所を伝える。男性に自宅の住所を教えるのは、これが初めてかもしれない。
不思議と抵抗はない。むしろ、今から会えるのが嬉しい。
薫さんから、
「了解しました。すぐに向かいます」
と、返信がきた。
彼氏以外の男性を家に上げる……何だかドキドキしてきた。
はっ……こうしちゃいられないわ! 急いで掃除しなきゃ。
比較的、片付いているほうだと思うけど、見られたらちょっと……というものもある。余計なものは片付けておかないと。女性らしいイメージは保ちたいもの。
“レディースコミック”や“BL本”などを、クローゼットの中に隠す。女子なら、こういった趣味の一つや二つあるはずよね……。
薫さんには、恥ずかしくて見せられないわ。
バタバタと掃除を始め、20分くらい……
可愛い部屋着に着替え、メイクを直し、歯磨きもしておきたい。あと、ちょっとした焼き菓子とお茶くらいは用意しておかないと、気が利かない女だって思われちゃう!
スマホを見ると、「あと5分で着きます」と薫さんからLINEが届いていた。
『あ~、もう! 時間がない~』
とにかく家にあるもので何とかするしかないっ―――
メイクが八割方完成した頃、薫さんから電話がきた。
仕方ない、マスカラは諦めよう……。急いでエレベーターに乗り込み、エントランスへと向かう。
『ふふっ』
普段は、何時間も男を待たせるような私が、待たせないようにと焦っている。何となく笑えてきた。
余裕を持たなくちゃ、余裕を。美しくないわ。深呼吸をして“いつもの恭子ちゃん”に戻る。
エントランスに着くと、眼鏡の男性が肩掛けバッグを大事そうに抱えて待っていた。息切れしているようだった。
……薫さんだ。本当に来てくれた。
『こんばんは薫さん、こんな遅くに本当にゴメンなさい……』
「いやぁ……サイトに入れないなんて、大変じゃないですか。それに私のアドバイスミスだったかもしれないし」
『助かります。よろしくお願いします』
薫さんとエレベーターに乗り込み、部屋がある7階のボタンを押す。
『ここまで来るのにどれくらいかかりましたか?』
大体分かっているんだけど、あえて聞いてみる。
「そうですね……35分くらい、でしょうか」
狭い空間に二人きり。この瞬間が、ずっと続けば良いのになんて思っちゃう。
――7階に到着。
『こちらです』
ドアを開ける。丁寧に靴を揃え、彼が私のプライベートな空間に入ってくる。
「早速、サイトを拝見して良いですか?」
彼は肩掛けバッグを下ろし、中から何やら取り出そうとしている。
薫さん、少しソワソワして落ち着きがない。………カワイイ♡
『こちらなんですけど……』
職場のサイトにログインした状態のPCを、薫さんに渡す。
難しい顔で、彼が文字列とにらめっこしている。
「恐らくですが……HTMLの中に余計な文字を入れてしまったか、逆に消してしまったのでしょう」
『そう……なんですね』
あまり詳しいことは分からないけど、解決しそうで安心したわ。さすが薫さんね。
「僕が持ってきたHTMLの文字列をチェックするためのツールをインストールさせてもらって良いでしょうか? 目視で間違いを探すとなると、朝までかかっちゃうと思うので……」
『ええ、ぜひお願いします』
そう言うと、彼は鞄からUSBを取り出して、何やら作業を始めた。
『あの、私、ちょっとお茶を入れますね。薫さんはどのフレーバーがお好みですか? ジャスミン、レモン、アップルなどいろいろありますが』
「すみません。私はストレートで大丈夫です」
そうだった、彼はシンプルなのが好きだったわ。台所に立ち、ティーポットの中の紅茶葉にお湯を注ぐ。
何とかなりそうなのは嬉しいけど……。多分、この調子だと1時間くらいで終わってしまう。
「それじゃあ、直りましたので私はこれで失礼します」
とか何とか言って、彼は帰ってしまうに違いない。良い意味でも悪い意味でも、彼はそういう人だ。
私の部屋で薫さんと二人きり……こんなチャンスなかなかあるもんじゃないわ。
誘惑……しちゃおっかな!
彼だって、オトコだもの。イヤじゃないわよね。わざわざこんな時間に家まで来てくれるくらいだもの。
ちょっとだけ、勇気を出してみよう。
『お待たせしました』
トレーにティーポットとカップ2つ、焼き菓子を乗せ、テーブルまで運ぶ。
「ありがとうございます」
彼は、インストールしたツールを起動させ、じっとモニターを見つめている。
やるなら今ね……!
『薫さん』
振り向こうとした彼の頬に軽くキスをした。
「………え」
彼の顔がみるみるこわばり、眼鏡の奥の瞳が色を失う。
「何……で……?」
沈黙が二人を包み込んだ―――
天秤座 3章 終
【今回の主役】
佐々木恭子 天秤座27歳 アパレル店員
センスがよく整った容姿の女性。男に困ったことがなく、広く浅く男性と付き合う、いわゆる“リア充”である。将来の夢は玉の輿に乗ることで、毎週タワーマンションで催される会員制パーティー『ロイヤル・ヴェイル』に参加している。仕事仲間からは陰口を叩かれているようである。
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