「日本の折り紙から着想を得た」ギリシャの新鋭女性監督が語る制作秘話

2021年09月02日 19時00分

エンタメ anan

人生とは予期せぬ出来事の連続であることを痛感する日々のなか、希望だけはつねに持ち続けていたいものですよね? そこでご紹介したいのは、そんな思いに応えてくれるオススメの映画。“太陽の国”ギリシャを舞台に、崖っぷちでも不器用に生きる主人公を描いた話題作です。

『テーラー 人生の仕立て屋』


【映画、ときどき私】 vol. 409


50歳になる寡黙なニコスは、長年にわたってアテネで高級スーツの仕立て屋店を父親と営んでいた。ところが、不況の影響で店は銀行に差し押さえられ、父親はショックで倒れてしまう。なんとか店を立て直したいと考えたニコスは、廃材で屋台を作り、移動式の仕立て屋を思いつく。


ところが、高級なオーダーメイドスーツは路上ではまったく売れず、途方に暮れていた。そんななか、ウェディングドレスの注文が入り、ニコスは心優しい隣人オルガとその娘に手伝ってもらいながら思い切って初めてのウェディングドレス作りに挑むことになるのだが……。


本国のみならず、世界各国の映画祭で観客を虜にした感動作。今回は、こちらの方に見どころをうかがってきました。

ソニア・リザ・ケンターマン監督


ギリシャ映画界のなかでも、今後の活躍が期待されている新鋭女性監督として注目を集めているケンターマン監督。初の長編監督作となる本作に込めた思いや世の中に根強くある差別などについて、お話いただきました。


―本作は、中年の人々を過小評価している社会に対して監督が抱いていた疑問から生まれたそうですが、そう感じるようになったきっかけはありましたか?


監督 いまは新しい時代が到来し、新しい技術がどんどん生まれているので、年齢が上の方はいろいろなことについていけない時代になっていると感じていました。つまり、いまは高齢者を差別する時代になっているということです。もちろん国によって状況は異なると思いますが、これはまさにギリシャで起きていることだと思っています。


この脚本を書き始めたのは、ちょうどギリシャが金融危機を迎えた頃。50代で仕事を失ってしまったら、人生においてどんなオプションがあるのだろうか、と考えるようになったのが最初でした。そのほかにも、父親と一緒に錠前屋さんをしていた私のいとこが、金融危機が原因でお店をたたまなければならなくなったというのも、こういった物語を描きたいと思った理由になりました。


―劇中では、紳士服一筋だったニコスが経済的な理由から思いがけずウェディングドレスを作ることになりますが、それによってギリシャ社会が抱える偏見や性差別も垣間見ることができました。


監督 確かにギリシャでは、「男性がウェディングドレスを作るなんて…」といった偏見がいまだに残っていますし、スーツに関していえば、テーラーと呼ばれる男性のみが作ることができ、女性はテーラーにはなれません。女性の場合はドレスを作るお針子と呼ばれており、そこにはある種の偏見があるのも事実。そういった背景があったので、お針子になってしまった息子に対して軽蔑の感情を抱く、ニコスの父親の姿を描きました。

独創的なドレスの数々を楽しんでほしい


―ただ、ニコスにとってはウェディングドレスを作ることで、抑圧されていたものから解放されるようなところがありますよね?


監督 まさにそうですね。いままでカチッとしたスーツしか作ったことのない彼にとって、それまで心のなかでやりたいと思っていてもできなかったことを試すことができましたし、自分自身のクリエイティビティを自由に表現することができた初めての瞬間だったと思います。彼のようなタイプの人間が女性のウェディングドレスを作ることによって、抑えていたものを外に出す様子を見せたいと思いました。


―そんなニコスが生み出すウェディングドレスは、どれも個性的で美しいドレスばかりでした。デザインを決めるうえで、どのようなところにこだわりましたか?


監督 劇中のドレスを作るうえで重要だったのは、ほかの店にはないような独創的なものをいかに安価な素材で作れるかということ。というのも、ニコスのお客さんはあまりお金がない人たちばかりなので、高い布地を使うことができないからです。


そのためにベルギーのコスチュームデザイナーといろんな有名ブランドのドレスを参考にしながら、形がよくて、ボリュームのあるものにしようと一生懸命考えました。とても苦労した部分なので、みなさんにも楽しんでいただけたらうれしいです。ちなみに、最後に出てくるドレスは日本の折り紙から着想を得て作ったものなので、ぜひ日本の方には注目していただきたいと思っています。

自分自身に力を与える女性の姿も描いている


―とても素敵なドレスなので、見逃さないでいただきたいですね。また、新たな一歩を踏み出すニコスと同様に、自分のやりたいことを見つけて輝いていくオルガも女性にとっては共感できる人物だと感じました。


監督 オルガは、ギリシャに住んでいるロシアからの移民の女性なので、ギリシャ社会においては“のけ者的な存在”と言えるかもしれません。しかも、タクシードライバーの夫は、自分の稼ぎで家族を養っていることにプライドを持っているような人。妻が仕事をしていないことが彼の自慢でもあるんです。


でも、彼女のなかにあったのは、いまの生活にどこか閉じ込められているような感覚。だからこそ、ニコスと一緒に何かを作りたいという思いが込み上げてくるんですよね。そんな2人がお互いにインスピレーションを与え合ったからこそ、いままでしたくてもできなかったことに向き合い、新たな一歩を踏み出すことができるようになるのです。この映画は、ニコスだけでなく、オルガが自分自身に力を与えるストーリーでもあると言えると思います。


―本作には年齢や性、移民に対する差別が背景としてありますが、実際どこの社会にもさまざまな差別が根深くあると思います。社会学者でもある監督から見て、こういう社会を変えるために必要なのはどんなことだと感じていますか?


監督 まず人間の住む社会において、いままで差別が存在しなかったことはないのではないでしょうか。しかも、差別というのは本当にいろいろなものがあり、時代によっても変わってきたと思います。


たとえばそれは階級だったり、経済的な状況だったり、教育だったり。本当にいろいろなものが差別をする理由になっているので、いまは厳しい時代だと感じています。ビジネスにおいても、さまざまな技術が出てくることによって、人気がなくなったり、必要とされなくなったりする人や職業も出てきていますからね。まさにニコスもそのひとりだと思います。


どうすればそれが解決されるのかはわかりませんが、こういう状況はとても怖いこと。なぜなら技術が生まれたことによって、人と人との関係が侵略されてしまうからです。しかもコロナ禍になってから、さらにそういう側面が浮き出てきているように感じています。

大事にしているのは、絶対に諦めないこと


―今後、ひとりひとりがきちんと向き合っていかなければいけない問題のひとつですね。監督は、女性監督として活動するうえで、差別を経験したこともあったのでしょうか?


監督 まずギリシャについてお話すると、ギリシャは父親が権力を持っている社会で、映画監督もほとんどが男性です。そんな環境であるにもかかわらず、私が初めて制作した短編が国内のフィルムフェスティバルで賞をもらったとき、そのほかの部門の受賞者も全員女性でした。


それがギリシャにおける女性監督の第一波とされていますが、同じタイミングでその波に乗れたことは、ありがたいことだと感じています。そんなふうに恵まれた立場にいるので、私自身は性差別をあまり経験することはありませんでした。


―では、仕事をするうえで、心がけていることはありますか?


監督 私の家族では、女性がみんなパワフルで、いいロールモデルとなってくれていることも大きな影響だと思いますが、私は自分に弱みがあると感じたことはありません。それに、女性だからといって何かを特別にしているわけでもありません。ただ大事にしているのは、絶対に諦めないこと。それだけです。


―力強いメッセージをありがとうございます。それでは最後に、日本での公開を控えて、いまのお気持ちをお聞かせください。


監督 私は日本の映画をずっと観てきたので、日本で自分の作品が公開されることは、本当にうれしいことです。ロンドンで映画の大学に通っていたとき、1学期すべて日本の映画を学ぶ機会がありました。そのときに、何回も観たのが小津安二郎監督の『東京物語』。まったく違うストーリーではありますが、本作を準備しているときにも観返したほど、世界で一番好きな作品です。


そういったこともあり、日本の観客のみなさんがこの作品を観たときに、どういうところに注目をして、どこにおもしろさを感じていただけるのかに、非常に興味があります。いままでいろいろな国で上映してきましたが、反応はそれぞれ異なりますから。ぜひ、みなさんがどう感じるのかを教えていただきたいです。

自分の人生は、誰にも測ることはできない!


どんな窮地に立たされたとしても、そこが行き止まりの崖っぷちになるか、道なき道を切り開く出発点となるかは自分次第。ピンチに陥ったときこそ、本当の自分と向き合えるきっかけになるのだと教えてくれるニコスの生き方から、いくつになっても遅くない“人生の仕立て方”を学んでみては?

取材、文・志村昌美

輝きに満ちた予告編はこちら!


作品情報

『テーラー 人生の仕立て屋』

9月3日(金)より新宿ピカデリー、角川シネマ有楽町、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開

配給:松⽵


© 2020 Argonauts S.A. Elemag Pictures Made in Germany Iota Production ERT S.A.

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2021年09月02日 19時00分

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