ひき逃げが引き起こす新たな事件...人間の本性に韓国の気鋭監督が迫る

2020年06月24日 19時40分

エンタメ anan

日々いろいろな事件や事故のニュースが飛び込んできますが、その背景には人間のさまざまな感情が渦巻いているもの。そこで、ある事件をきっかけに、運命が一変してしまう人たちの姿を描いた注目作をご紹介します。それは……。

超一級のサスペンス・ノワール『悪の偶像』


【映画、ときどき私】 vol. 307


クリーンなイメージで絶大な人気を誇る市議会議員のミョンフェ。ところがある夜、息子が飲酒運転によるひき逃げ事故を起こし、政治家としての危機に直面してしまう。揉み消し工作を実行するも、被害者の新妻であるリョナが行方不明になっていることが判明し、見つけ出そうと動き出す。


いっぽう、被害者の父であるジュンシクは、リョナが妊娠していることを知り、何としても彼女を探し出そうとするのだった。そして、“消えた目撃者”の行方を追う2人の父親は、葛藤を抱えながら、後戻りできない道へと進み始めることに……。


韓国でも実力派として知られるミョンフェ役のハン・ソッキュさんと、ジュンシク役のソル・ギョングさんがダブル主演を務めた話題作。そこで、作品の見どころなどについて、イ・スジン監督にお話をうかがってきました。

韓国のイ・スジン監督


2013年に『ハン・ゴンジュ 17歳の涙』で長編デビューをはたした際には、巨匠マーティン・スコセッシ監督から絶賛されたイ・スジン監督。今回は、長編作品2本目となる本作の完成までの道のりや現場での様子、さらには映画作りに対する思いなどを語っていただきました。


―この作品は、「韓国社会で起きている事件や事故を誘発し、選択しているのは結局人間である」と感じたところから始まったそうですが、そのなかでも「ひき逃げ」というテーマを選んだのはなぜですか?


監督 これまで、ひき逃げを題材とした作品はたくさん撮られているので、観客のみなさんにとっては少し食傷気味のところもあるかもしれません。しかし、本来事故というものは故意的に起きるものではないため、事故を起こしたあとの行動が非常に重要なところですよね。


もし、しっかりと対処していれば、ひき逃げにはなりませんが、何もしなければひき逃げになってしまうので、この差は運転手の選択にかかってくる事件だと思っています。つまり、この映画は、大枠で見ると、人の選択に関する映画であり、人がどんな選択をするのかによって起こる物語を軸としている映画なのです。


そんなふうにひき逃げには本人の選択によって、状況が大きく変わるという側面があるので、今回のテーマにしようと思いました。


―劇中では、事件によって生まれる“被害者の父親”と“加害者の父親”を中心に描かれています。その点に関してはいかがですか?


監督 まず、私の考えとして、人間というのは、もともとは“善なる人”。つまり、ミョンフェも最初は善人であり、善人として人生をスタートしたのだと思っています。しかし、それがいろいろな夢や信念、さらに欲望を持つなかで、一線を越えてしまうんですよね。


いっぽう、事件に巻き込まれてしまうジュンシクは被害者ではありますが、息子に対する愛情が強いがゆえに、ある条件と交換でリョナと息子を結婚させ、さらに時間が経つにつれて、息子の違った顔、つまり息子も加害者側の人間であったという一面を知ることになります。


ミョンフェとの関係でみるとジュンシクは被害者ですが、リョナとの関係を考えると、彼もまた加害者と言えるのではないかと思ったので、そういった関係性を見せたくて、加害者と被害者という設定にしました。

環境が人をどんなふうに変えるのか見せたかった


―今回は、いずれも見事なキャスティングだと思いましたが、最初は意外にもハン・ソッキュさんにジュンシク役をお願いしようとしていたそうですね。ただ、ご本人がミョンフェを演じたいとおっしゃったのだとか……。


監督 そうなんです。具体的にキャラクターの何に惹かれているかということには触れていませんでしたが、以前からまさにこういうキャラクターを待ち望んでいたと。特に、いまこの時期に演じてみたい役だとおっしゃっていました。


―ちなみに、ジュンシク役のソル・ギョングさんも実はミョンフェを狙っていたんですよね?


監督 もしかしたら、ミョンフェのほうが、見た人が理解しやすいキャラクターだと思ったからではないでしょうか。ミョンフェは感情の起伏がすごく大きいですが、けっこうわかりやすいですよね。逆にジュンシクのほうは感情を隠す部分がありますので、そういう意味でミョンフェのほうが感情の表現的に演じやすいと思ったのかもしれないです。


―また、チョン・ウヒさんが演じたリョナも、かなりインパクトのある役どころです。彼女の登場で一気に展開も変わりますが、作品のなかで彼女にどのような役割を持たせようと意図されていたのでしょうか?


監督 リョナという人物を通して、私は「環境が人をどんなふうに変えるのかを見せたい」と思っていました。人の性格まで環境が作るのではないか、と思えるくらい環境は大事なものですから。だからこそ、厳しい環境で育ったリョナは本当に恐ろしい人物。まったく怖いもの知らずで、やられたら倍で返すくらいの激しいキャラクターとなりました。


この映画は、前半は2人の父親の物語でどんどん展開していきますが、後半になってリョナが登場すると、そこからガラリと映画の構図が変わります。そういう作りにしたいという意味もあり、これほどまでに強烈なキャラクターのリョナを登場させる必要がありました。

楽しかったけど、つらい現場でもあった


―現場の雰囲気はどのような感じでしたか?

 

監督 もう撮影が終わって1年以上が経ちますが、振り返ってみるとにぎやかで楽しかったなと思います。ただ、いっぽうでは映画と同じように重みのある現場、つまり大変なつらい現場でもありました。その一番の理由は天候。本当に天気に恵まれなくて、非常に苦労したのを覚えています。


―撮影は、半年間にわたって行われたそうですが、俳優たちとのコミュニケーションを取るうえで大事にしていたことはありますか? 


監督 誰もが映画に対する強い思いを持って臨んでくれましたし、特にメインの3人は本当に情熱的だったので、コミュニケーションを取るうえで難しいことはまったくありませんでした。彼らは私にとって本当に大きな力になってくれましたし、最大の支持者であったとも思います。


―そのお三方を演出するうえで、監督から具体的にお話されたことがあれば、教えてください。


監督 私は事前に台本の読み合わせやリハーサルに時間を多くかけるタイプなので、撮影に入る前にしっかりと話し合いをしました。みなさんベテランの方々ですし、特別たくさんの演出をしたわけではないですが、現場でのやりとりを挙げるとすれば、ハン・ソッキュさんから「この感情表現はちょっと強すぎますか? もう少し弱めますか?」と聞かれたときに、抑えた表現のほうが好きだったので、そういった要求を出したことがあったくらいです。


―では、いま振り返ってみて、完成するまでで一番大変だったのは、どのあたりですか? 


監督 まずは、先ほども話した天候。あとは、スケジュールとロケハンにも苦労しました。というのも、撮影が始まる直前になっても、撮影場所が決まっていないところが多くありましたから。そのため、撮影中も撮り終えたらすぐにロケハンに行くという状況が続き、本当に大変でした。

自分自身の個性を生かして作品を作ることが大事


―現在、韓国映画では多様性に富んだオリジナル作品が次々と生み出されており、評価も非常に高いですが、監督が思う“韓国映画界の強み”とは何だと思いますか? 


監督 私自身はよくわからないですが、やはりいま指摘してもらった多様性ではないかと思います。商業映画よりもインディーズ映画のほうがよりオリジナリティあふれる傾向にあると思いますし、映画が大好きな監督の卵たちが熾烈に競い合いながら準備していることも、大きく影響しているのではないでしょうか。


―「素晴らしい監督はたくさんいるが、ポン・ジュノ監督のあとに続く次の世代が育っていない」という声もあるようですが、監督はどのようにお感じになりますか?


監督 そうですね。ただ、誰もがポン・ジュノ監督みたいになれるわけではないですし、全員がポン・ジュノ監督みたいになってもダメだ、と私は思っています。


もちろん私もポン・ジュノ監督は好きですが、映画監督というのはやっぱり本人のカラーがあり、その人にしか描けない物語、そして自分自身の個性を生かして作品を作るのが一番。そういうものを映画にするということが、大事なことですよね。


―では、監督にとって映画作りのモチベーションとなっているものとは?


監督 実は、私はいままで「これからも映画を作り続けよう」とか「たくさんの映画を作ろう」といった大きな夢を抱いたことはありませんでした。もしかしたら、いまでもそういう夢はないのかもしれません。ただ、どんな瞬間も、どの作品でも、「いま撮っている作品が最後かもしれない」という思いで作っています。


おそらく今後もそういう思いは変わらないでしょうね。この作品は、私にとって長編2本目の映画ですが、3本目を撮ることになっても、同じように「これが人生の最後の映画になるかもしれない」という気持ちで撮ると思います。次も、これが最後になってもいい思えるような映画になったらいいですね。


―次回作も楽しみにしています。それでは最後に、日本の観客へ向けてメッセージをお願いします!


監督 観客のみなさんには、ここに登場するたくさんの人物のなかで、誰と一番自分が似ているのか、といったことをこの作品を通して考えながら観ていただけたらうれしいです。そして、選択の岐路に立たされた瞬間、もし自分だったらどういう選択をするんだろうかということを想像してご覧いただくと、より興味を持っていただけると思います。

二転三転するストーリーから目が離せない!


漂う緊張感に息を潜めつつ、予測できない展開に終始引き込まれてしまう本作。ひとつの選択によって人生が思いもよらぬ方向へと大きく変わっていく様、そして人間の奥底にある本性や闇を覗いてみては? 

衝撃が走る予告編はこちら!


作品情報

『悪の偶像』

6月26日(金)より、シネマート新宿・心斎橋ほか全国順次公開

配給:アルバトロス・フィルム

© 2019 CJ CGV Co., Ltd., VILL LEE FILM, POLLUX BARUNSON INC PRODUCTION All Rights Reserved.

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2020年06月24日 19時40分

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