命綱なしで断崖を...死と隣り合わせの極限状態に挑む男の過酷な運命

2019年09月05日 18時50分

エンタメ anan

いまやCGで再現できない映像はないと言われているものの、胸に突き刺さるのはやはり本物の映像。そこで、今回ご紹介するオススメのドキュメンタリー作品は、衝撃の瞬間を映像に収めた話題作です。それは……。

アカデミー賞に輝いた注目作『フリーソロ』!


【映画、ときどき私】 vol. 256


本作が密着しているのは、フリーソロ・クライミングの若きスーパースターと呼ばれているアレックス・オノルド。なじみのない人も多いかもしれませんが、「フリーソロ」とは、命綱となるロープや安全装置を一切着けず、体ひとつで岩壁を登る究極のクライミング・スタイルのこと。


本作では、これまでに世界有数の山々を制覇してきたアレックスさんが、高さ約975メートルを誇る断崖絶壁エル・キャピタンに挑むまでの苦悩と葛藤が赤裸々に映し出されています。さらなる見どころに迫るべく、前人未踏の挑戦をともに戦い抜いたこちらの方にお話いただきました。

エリザベス・チャイ・ヴァサルヘリィ監督!


今回、プロのクライマーで夫のジミー・チンさんとともに監督を務めたヴァサルヘリィ監督。アカデミー賞長編ドキュメンタリー賞の受賞をはじめ、全世界で45賞ノミネート、20賞受賞という快挙を成し遂げています。そこで、当時を振り返ったいまの心境から舞台裏までを語っていただきました。


―まずは、アカデミー賞を受賞されたときのお気持ちから教えてください。


監督 それは言葉にできるものではありません。なぜなら、名前が呼ばれた瞬間、時間が止まり、頭が真っ白になって世界がぐるぐると回っているような感覚だったからです。いずれにしても、いまは作品が多くの人に愛されたこと、そして評価されたことを本当に光栄に思っています。

―周りの反応にも変化はありましたか?


監督 いつも私に「何にでもこだわりすぎで、時間をかけすぎ」と言っていた母が、受賞後は「細かいところにまでこだわってすごく頑張ったわね」と褒めてくれました。正直、「ここまで反応が変わるのか!」と面白かったです。(笑)


―やはりアカデミー賞の効果はすごいですね。では、受賞につながった要因はどこにあったとご自身で考えていますか?


監督 手に汗握る緊張感はもちろんですが、努力、忍耐、自己鍛錬を通して不可能を可能にしていくアレックスの姿をスクリーンで観ることができること。そして、観客も一緒に挑戦しているような気持ちになれて、その場にいるかのような感覚を味わえたからではないかと思います。

作品に深みを与えたのは女性の視点


―とはいえ、過酷な環境での撮影にあたって、総監督として苦労されたこともあったのではないでしょうか?


監督 監督として非常に苦しかったのは、「これを本当に撮るべきなのか」という葛藤と倫理的な責任感。そして、「アレックスが安全に完登するために撮影クルーも失敗できない」「完璧でなければいけない」というプレッシャーに苦労しました。


それから個人的なことでいうと、撮影を始めた時期は2人目の子どもが生まれたばかりだったので、子育てとの両立も実はかなり大変なことではありました。


―本作でアレックスさんの恋人であるサンニさんの言動も印象的でしたが、監督自身もクライマーのパートナーをお持ちですよね。そういう意味でも、サンニさんに共感する部分はありましたか?


監督 ドキュメンタリーの作り手として、撮影対象者の感情につねにアンテナを張り、敏感であることは大事にしていました。特に、サンニのそばにはずっといたので、彼女の気持ちを理解することができたと思います。


今回は、彼女の存在によって、女性の視点がこの作品にとって重要なポイントになるだろうと思いながら撮影していましたし、できあがった作品を観ても彼女がこの作品に奥深さを加えてくれたと感じました。ただ、アレックスとサンニの関係と私とジミーの関係は決して同じではないですね。

―以前、私はジミーさんにも取材をさせていただいたことがありますが、アレックスさんと似ていると思ったのは、穏やかでありながら内に情熱を秘めているところ。彼らのように命がけで自分の夢に向き合う姿は魅力的であるいっぽう、パートナーとしては大変なところもあると思います。こういうタイプの男性といい関係を築くためには、どういう意識を持つべきと考えていますか?


監督 これはパートナーがクライマーであろうとなかろうと、どんな恋愛関係においても一番大事なことですが、それは相手をリスペクトして信頼すること。私自身も過去にはドキュメンタリーを撮るために何度も戦場に行ったことがあり、自分の身を危険にさらしていた経験もあったので、そういう意味では同じかもしれません。


ただ、私の場合は子どもができてから大きく変わり、いまは危険を冒すようなことは一切しないと決めました。ジミーに関しては、しっかりした判断をしてくれると信頼して、彼を尊重するようにしています。あと、心がけているのは、ジミーが翌日に大きな仕事をする予定があるなら、その前日はなるべくケンカをしないこと。そんなふうに環境を保つ意味でも、リスペクトし合うことが大事だと思います。


―やはりお互いを信頼することが一番ということですね。


監督 それに、彼が本格的に山へ登るときは、準備をきちんとしていて、集中力も高まっているし、周りにはベストな仲間も一緒なので、安心なんです。それよりも、普段休暇を取ってスキーをしているときのほうが油断をしている可能性があるので、むしろそういうときのほうが危険度が高くて心配しています。(笑)

感情の変化を捉えられたことは特別だった


―今回は、監督の女性としての目線はもちろんですが、サンニさんの存在は作品にとっても、アレックスさんの人間性を語るうえでも非常に重要だと感じました。


監督 映画を撮り始めたとき、実はサンニとアレックスは出会っておらず、恋人ではなかったので、彼女の存在は非常にラッキーだったと思います。というのも、彼女がいなかったらまったく違う作品になっていたと思うほどだからです。


なぜ彼女が特別だったかというと、ありのままのアレックスを愛したということもそうですが、彼に対して自分の気持ちを躊躇なくぶつけることによって彼との絆が強まり、彼自身も彼女と一緒にいたいという気持ちがすごく強くなっていったから。


それは、これまでにアレックスが経験したことのない気持ちでしたし、そういう感情の変化が撮影の間に起きたことは、いろいろなドキュメンタリーを撮影するなかでも珍しいこと。しかも、それをしっかりと捉えることができたのも監督としては非常に特別なことでした。

―ただ、劇中では「フリーソロには恋愛感情は悪影響を及ぼす」という声もありましたが、監督はその意見をどうお考えですか? 


監督 これは多くの人が言っていることですが、最終的にアレックスはその発言に対して、「当たっている部分もあるし、そうではない部分もある」と証明したと思っています。それに、彼はサンニだけでなく、周りで撮影している友達に対しても同じ気持ちがあったと感じました。


ただ、もし彼らの存在がプレッシャーになっているのなら、もっと準備すればいいだけの話だとアレックスは考えていましたし、実際にそうしています。彼はこれまでフリーソロをするときは、誰にも言わずに行ってきましたが、今回初めて人が見ている前でしなければいけないということで、いままでと違うことを乗り越えたのです。


でも、そんなふうに自分のやるべきことに専念したいけれど、気が散ってしまうようなことが起きるというのは、クライマーだけでなく、女優やピアニストなど、ほかの職業でも同じことが言えますよね。周囲の雑音をブロックし、自分の仕事に集中するためのメンタルの強さを持つというのは、どんな人にも必要なことだと思います。

恋愛と仕事のバランスで気をつけていることとは?


―監督自身は、恋愛感情が仕事に影響を与えたこともありますか?


監督 たとえば、恋愛で何か問題があって自分的にはすごくしんどいと思っていても、プロとして職場には自分の心に抱えているものは一切持ち込まずに対処するようにしています。というのも、これだけ長くドキュメンタリーを撮っていると、何をしないといけないかということをわかっているので。


とはいえ、私はすごく感受性が豊かなタイプ。それはドキュメンタリーを作るうえでは強みでもあり、才能でもありますが、そういう部分は一番表に出していけないところでもあるのです。もちろん、そういう部分があるからこそ、対象者にすごく共感できるし、いい作品を作ることができます。


ですが、相手が苦しんでいるときは自分も同じように苦しい気持ちになってしまうことがあるので、それは抑えなければいけないと思っています。つまり、自分のストレスを相手に感じさせてはいけないということです。


―今回の撮影のなかでも、そういう瞬間はありましたか?


監督 アレックスが次の日にフリーソロに出かけるということをあえてサンニに言おうとしないところがありましたが、撮影しながら「ちゃんと言いなさいよ!」と言いたいんだけど言えないことはありました。(笑)

―では、アレックスさんの生き方を間近で見て、監督が一番影響を受けたのはどのようなことですか? 


監督 アレックスというのは、すごく品格を大事している人であり、自分の目指すものがはっきりしている人。そして、それに向かって行きたいと思って生きている人です。


今回エル・キャピタンを完登したことはすごいことですが、それよりもすごいのは彼の変化。なぜなら、彼はいろいろなものを怖がっていた子どもで、野菜も怖くて食べられないし、人とハグすることも、話をすることもできなかったくらいだったんです。


そんな彼が大きな夢や成し遂げたいことのために努力をして、不可能を可能にしていくという過程は本当に素晴らしいものでした。アレックスにとってはエル・キャピタンが目標でしたが、どんな人にもその人にとってのエル・キャピタンがあると思うので、そこに向かって努力を惜しまなければ必ず可能になるんだということを観ている人たちにも感じ取ってもらいたいです。


彼の「自分はこういうふうに生きていくんだ」という明確な意図や目標を持っている姿は、私が一番刺激を受けたところだと思います。

自分たちの作品で世の中をよくしていきたい


―この作品で映画界の最高峰といわれるアカデミー賞を受賞されましたが、監督にとってのエル・キャピタンは何ですか?


監督 今回、アレックスの高い集中力とすべてにこだわる職人的な気質を目の当たりにしたおかげで、作品に関わった全員が「自分たちも自分の最高のものを発揮しないといけない」という並々ならぬ思いで作品を完成させることができました。


いつか獲れたらいいなと思っていたアカデミー賞を受賞できたのは、本当に素晴らしく、光栄なことでしたが、私たちが達成できた一番の喜びというのはアレックスが無事に目標を達成できたということであり、そのほかのことは全部ボーナスだと思っています。


なので、これからどうしたいかについては、まずは「とにかくいい作品を作り続けていきたい」、そして「その作品で世の中を少しでもよくしていきたい」という思いがあります。


観てくれる方たちに刺激を与え、自分の生きたい人生を生きようと感じてくれるような作品を作っていきたいというのが私とジミーの目標。まずはこの作品で、達成できそうにない夢も努力次第で達成できるということを是非スクリーンで鑑賞し、感じて欲しいです。

極限状態の連続に緊張感と手の汗が止まらない!


越えられそうにない壁を目の当たりにしても、人間にはそれを乗り越える力が誰にでもあるのだと感じさせてくれるはず。不可能を可能に変えられるのは、どれだけ自分自身を信じることができるか次第。想像を遥かに上回る圧倒的な映像に、あなたのなかに眠っているチャレンジ精神も激しく揺さぶられるかも。

スリリングな予告編はこちら!

作品情報

『フリーソロ』

9月6日(金)より新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開

配給:アルバトロス・フィルム


© 2018 National Geographic Partners, LLC. All rights reserved.

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2019年09月05日 18時50分

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