ある誤報が家族の運命を変えた...物議を醸した注目作『運命は踊る』

2018年09月28日 19時30分

エンタメ anan

人生はひとつの出来事によって大きく変わってしまうこともありますが、それこそがまさに運命。誰もがそんな瞬間を一度は経験したことがあるのでは? そこで今回ご紹介するオススメの映画は、運命に翻弄されてしまったある家族を描いた衝撃作です。それは……。

世界が注目する話題作『運命は踊る』!


【映画、ときどき私】 vol. 190


ミハエルとダフナ夫妻は、突然やってきた軍の役人によって、息子ヨナタンの戦死を知らされる。ショックのあまり気を失うダフナに対し、平静を装うミハエル。しかし、いらだちが募ったそのとき、戦死の知らせが誤りだったことが発覚する。ミハエルは怒りを爆発させ、息子をすぐに呼び戻すように要求するのだった。


その頃、ラクダが通る検問所で、穏やかな時間を過ごしていたヨナタン。いつも通り、簡単な取り調べを行っていたが、ある勘違いが悲劇を引き起こしてしまうのだった……。

先の見えない展開に、誰もが引き込まれてしまう本作ですが、普遍的な感情の背景に見え隠れするのは、イスラエルの文化。というわけで、今回は作品の理解をより深めるために、こちらの方にお話をうかがってきました。それは……。

イスラエルのサミュエル・マオズ監督!


本国イスラエルで公開された際には、一部の政治家から攻撃を受け、物議を醸した作品。そのいっぽうで、世界的にはヴェネチア国際映画祭で審査員グランプリを受賞するなど、高く評価されています。そこで、監督が本作に込めたこだわりや日本人に伝えたい思いを語ってもらいました。

映画の基となった衝撃の実体験とは?


―まずは、息子の訃報という出来事から物語を始めたきっかけを教えてください。


監督 実は、これは私自身に起こった出来事をもとにしているのです。長女が高校に通っていた頃、朝早く起きられない娘は遅刻しないようにタクシーを呼んで欲しいと言いました。それはお金がかかるだけでなく、教育上も悪いこと。頭にきた私はみんなと同じようにバスを使うように命じました。


言い争いをしながらも、結局はバスに乗るために娘は出ていきましたが、その30分後、彼女が乗るはずのバスがテロリストによって爆破され、多くの人が犠牲になったというニュースを知ることになったのです。


―その後、どうなったのでしょうか?


監督 娘に電話をしても繋がらず、人生で最悪の時間を過ごすこととなりましたが、それは私が経験した戦争の時期をすべて合わせたよりもひどい時間でした。ところが1時間後、娘は爆破されたバスに乗り遅れて家に帰ってきたのです。

―そのような体験をされていたとは驚きです。では、このストーリーを語るうえで、本作を三部構成にしたのはどのような理由からでしょうか?


監督 今回は、ギリシャ悲劇の三部構成のようになっていますが、それは私のアイデアを伝えるのに最適な形式だと思えたからです。それと同時に、観客に感情の旅を提供することもできました。まず第一部でショックを与え、第二部で幻惑させ、そして第三部で感動を与えるというものです。


―なかでも、第一部と第二部では描き方が大きく違いますが、どのようなことを意識しましたか?


監督 まず、第一部ではイスラエルの国防軍を非難しているような内容になっていますが、実はこれはとてもセンシティブで触れてはならない領域。というのも、イスラエルの人々にとって、国防軍というのはトラウマから民を解放した軍であるといわれているからなのです。そういったこともあり、それを非難するためには、第二部で比喩的な表現が必要だと思いました。


そのために第二部のヨナタンがいる検問所はただの検問所ではなく、イスラエル社会の縮図として描いています。つまり、外から見ると不穏な空気に包まれていて怖いと思われていますが、実際は何もないということ。今回はシュールレアリスムの手法を取りましたが、劇中ではタンクがどんどんと傾いていくのも、我々の社会が少しずつ傾いているということを表しているのです。

字幕がなくてもビジュアルで感じて欲しい


―映画を作るうえで監督が一貫してこだわっていることはありますか?


監督 デビュー作『レバノン』とも共通していることですが、私が重視しているのはビジュアルや音。そういったこともあり、セリフはなるべくそぎ落としたいと思っています。


たとえば、今回でいうと、「息子さんが亡くなりました」と言われて倒れるダフナの後ろにある絵は、ミハエルの精神状態をX線でのぞき込んでいるような絵。そうやってひとつの絵で語っていくのも私の手法なんです。


―劇中ではそのようなシーンをほかにも入れ込んでいるのでしょうか?


監督 第一部でミハエルが「ひとりでいたい」というセリフを言っている引きのショットがありますが、それだけで彼がどういう人で、どういう生活を送っているかわかるようになっています。


なぜなら彼を囲むアパートの様子はとても冷たく、シンメトリーで幾何学的。細部までこだわるあまり、不快感をもよおしてしまうようなデザインにもなっているわけですが、それはどんなセリフよりも、彼の有様を雄弁に語っているのです。おそらくセリフにしたら4~5ページくらいは必要になるかもしれませんね。

―そこまでビジュアルにこだわるようになったのはなぜですか?


監督 なぜなら、言葉は真実の前にあるフィルターでしかないと思っているからです。つまり、本当に真実を語っているのは、人の目線や体のこなし方。そこにこそ真に迫る描写ができると感じているからです。


だから、「美しい」という言葉がいくつあったとしても、美しさを表したひとつのビジュアルのほうが雄弁だと思うし、違う国の人でも字幕なしでもそれを感じ取ることができますよね? ビジュアルにはそういう良さがあると思うんです。

観客を離さないためのこだわりとは?


――犬や鳥など動物の使い方もすごく印象的に感じましたが、なかでもラクダの使い方には驚きました。ラクダはイスラエルではシンボル的な存在なのですか?


監督 イスラエルでは砂漠ですから、ラクダはあちこちにいますよ。しかも、観光客がいればちゃんと演技の指示を聞いてくれるラクダもいるほどなんです(笑)。


ただ、今回ラクダにはいくつかの役割がありますが、まずは「チェーホフの銃」と言われる伏線の手法といえると思います。だから今回も、「まさか!」という形で期待を裏切ってくれるわけですよね。ただ、それ以上にあのラクダが象徴しているのは、あの砂漠にいることの不毛さです。


つまり、検問所で兵士が踊っていて、ラクダがトコトコやってくるショットを見るだけで、「ここは戦争の前線ではないんだ」ということを一瞬にして観客にわからせることができますが、さらにいうと、イスラエル社会のやっていることの不毛さを描いてもいます。


というのは、「イスラエルは終わりなき戦争にとらわれているんだ」という意識にがんじがらめになっていますが、実情はそうではありません。だからこそ、あの検問所は社会の鏡でもあるのです。

―ラクダひとつとっても、それだけの意味が込められているのですね。


監督 実はラクダにはもうひとつの役割があるんです。というのも、観客というのは、監督のビジョンに付いていって楽しみたいと思っているものですが、今回は第二部でまったく違う世界へと連れていってしまうので、それを裏切っているといえます。


だからこそ、第二部は最初の数秒で観客をつかんでおかないと離れていってしまうので、緊張感を味わってもらったあとにちょっと笑いを入れるようにしました。そのために、兵士を踊らせたり、ラクダを登場させたりしているわけです。


―いまのスタイルを確立させるために映画を研究し続けている印象を受けますが、これまでに監督が影響を受けている人や作品があれば教えてください。


監督 影響を受けた映像作家たちを挙げたらきりがないんですけど、イングマール・ベルイマンやアンドレイ・タルコフスキー、スタンリー・キューブリック、黒澤明。それから、哲学や文学の分野だと、ニーチェやカフカ、村上春樹など、とにかく大勢いますよ。


映像作家というのは、自分の内面世界や視点だけでなく、先人たちの影響というのも合わさって何かが生むことができるのだと思っています。たとえば、撮影中に感じるのは、「アクション!」と言った瞬間に自分の世界が産声を上げますが、その瞬間に周りの世界は止まってくれていて、「カット!」と言ったところで、世界がふたたび動き出すような感覚があるのです。

―そもそも映画の道に進んだきっかけはどのようなものでしたか?


監督 幼い頃、テルアビブ近郊の小さな町に住んでいましたが、私の父は俳優になりたいと思いながらバスの運転手をやっていました。そのバスというのが、中心街にある映画館に行くためのバス。そのおかげで私もタダで映画が観ることができたので、西部劇やモンスターもの、カンフー映画など、父にはいろんな映画に連れて行ってもらいました。


―そのなかで思い出に残っていることはありますか?


監督 ある映画で汽車がカメラのうえを通過するシーンに興奮した私は、13歳のときにお祝いで父に買ってもらった8ミリのカメラを翌日に線路に置いてそのシーンを録ろうとしました。しかし、汽車が来た瞬間にカメラが粉々に砕け散ってしまって……(笑)。


でも、父はそのあとに新しいカメラをまた買ってくれたので、そのあと従軍するまでの間に何本もの短編を作ることができました。ちなみに、父はいつも悪役として登場してくれましたよ(笑)。

日本人だからこそ感じられることがある


―日本でも最近は中東を舞台にした作品の公開が続いており注目度も高まっているので、日本の観客に向けてメッセージをお願いします!


監督 描いていることは政治的なメッセージではなく、家族の離散やどのようにしてふたたび家族が結ばれていったのかということ、そして罪悪感の葛藤や愛によってどのようにして苦しみを乗り越えていくのかということを描きました。なので、こういったことは、中東の政治や哲学に詳しくなくても、わかるものだと思っています。


実際、私はそういう心に訴えかける映画を作りたいと思っているし、ちゃんと作れば人に届くと信じているのです。我々はいろいろな宗教などで分離されていますが、根底では繋がっているもの。私のやりたいことの神髄は、人間を描くところにあると思っています。


それから、この映画はイスラエルのトラウマを描いているので、そういう意味では現代の歴史における最たるトラウマを生み出したヒロシマやナガサキを経験している日本人には、共感してもらえるのではないでしょうか。いまの若い世代たちはそこから抜け出しはじめているかもしれませんが、そういったトラウマや歴史というのは、国民としての在り方と分離できないものだと私は思っています。

運命が引き起こすミステリーから目が離せない!


細部にわたるまで監督のこだわりを感じさせる本作。私たちは運命に踊らされているのか、それとも自分の意志で人生を動かすことができるのか。運命とは何かを考えずにはいられない心のざわつきと、新たな映画体験をぜひ味わってみては?

見逃せない予告編はこちら!

作品情報

『運命は踊る』

9月29日(土)より、ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館ほか全国順次公開

配給:ビターズ・エンド  

ⓒ Pola Pandora - Spiro Films - A.S.A.P. Films - Knm - Arte France Cinéma – 2017

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2018年09月28日 19時30分

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